Rickenbacker 660/12TP: TP’s Signature Model Guitar

日本でも有数の Rickenbacker の権威で、プレイヤーとしても活躍中の白井英一郎さんによる原稿、TPのシグネチャー・モデルに関するスペシャル・ストーリーです。


こんにちは、はじめまして。白井英一郎と申します。

さて、今回こちらに書かせて頂くのは、リッケンバッカーのトム・ペティ・シグネチャー・モデルのお話です。トムのファンでギターに興味のある方であればご存知かと思いますが、彼はリッケンバッカー・エレクトリック・ギターの愛用者としてよく知られています。ギブソン、フェンダーといういわゆる2大ブランドのギターも使用していますが、トムをイメージづけるギターといえばリッケンバッカーと言って過言ではないでしょう。バーズのロジャー・マッギンがリッケンバッカー12弦ギターの愛用者で、その煌びやかな“ジングル・ジャングル”サウンドはフォーク・ロックのトレード・マークになりました。

トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの音楽にも、バーズ的なフォーク・ロック風のサウンドを聴くことができますが、そこでもリッケンバッカー12弦ギターが効果的に使われていると言えるでしょう。当初、トムはセミホロー・ボディの「360/12」を、また相棒のマイク・キャンベルはソリッド・ボディの「625/12」を主に使っていたようです。

そして満を持して1991年に、リッケンバッカーよりトム・ペティのシグネチャー・モデル「660/12TP」が発売となりました。トムのアメリカでの人気を考えれば当然の流れだったでしょう。このモデルは1,000本の限定生産品でしたが、独自のデザインとなっており、予定数を終了した後も人気の高いモデルです。

結局、リッケンバッカーではトムの「シグネチャー」をつけないで、「660/12」として生産を続行しています。

ところで、このギターは何を隠そう、僕がリッケンバッカーに特注したギターだったのです。当初マイク・キャンベルも使用していた60年代の「625/12」が欲しかったのですが、それはビンテージ・ギターの域のアイテムで入手困難なモデルでした。そこで特注によってレプリカを作ってもらおうと当時のリッケンバッカー輸入代理店リックスを通じて相談しました。1988年末のことでした。その時、そのままのレプリカでは面白くないので、チェッカー・バインディングを入れて欲しいと、付け加えました。特注は了承されました。ハンドメイドのリッケンバッカー製品は、特注の場合、年単位で待つ覚悟が必要でした。

注文して一年ほど経った頃、リックスより連絡がありました。「白井さんの特注したギターのデザインを、リッケンバッカー社を訪れたトム・ペティが気に入り、シグネチャー・モデルとして発売されることになりました。」という内容の話でした。いやあ、驚きました。フェイバリット・ミュージシャンが、自分の特注品と同じギターをシグネチャー・モデルにするなんて、光栄極まりない話です。「660/12TP」は僕の密かな誇りなのです。コンパクトなボディ、芯のあるサウンドで魅力的なエレクトリック12弦ギターです。

ちなみに「660/12TP」という型番には裏話があります。専門的な話になりますが、本来このモデルはその仕様から「620/12TP」となるはずでした。ところがリッケンバッカーの広報担当のタイプ・ミスで「660/12TP」として発表されてしまい、結局それが正式な型番となってしまったというのです。

なお、残念ながら現在はリッケンバッカー社では個人からの特注を受けつけていません。また「660/12TP」ではロジャー・マッギン・シグネチャー・モデル「370/12RM」同様12個の独立したブリッジ駒の仕様でしたが、シグネチャーのない現在の「660/12」では6弦ギターのブリッジが流用されています。


トム・ペティのシグネチャー・モデルの原型になったギターを注文した当時、日本においてもようやくリッケンバッカーのギターの人気の裾野が広がってきていました。同社のベースに限ってはハード・ロックやプログレ・ファンにも支持されていましが、それまでは日本のリッケンバッカー・ギター愛好者はまだまだビートルズ・ファンが中心だったと言えます。

しかしながら80年代以降、国内のガレージ系の若手ロックンローラー達もリッケンバッカー・ギターを手にするようになっていました。80年代半ばのアメリカでは、ネオサイケやペイズリー・アンダーグラウンドといったムーブメントがありましたが、そのルーツとしてバーズ、ジェファーソン・エアプレーン、フーといったバンドに、探求心ある若いファンが注目したことが関係あると思います。

それにしても「エレクトリック12弦ギターといえばリッケンバッカー」というくらい同社の12弦ギターは人気が高いですね。ジョージ・ハリソンが魅力を知らしめるきっかけを作り、ロジャー・マッギンがさらに広めたと言ってよいでしょう。しかしながら楽器そのものが魅力的でなければ、40年近くの間支持され続けることはないでしょう。僕自身、フェンダー、ギブソンなど各社のエレクトリック12弦ギターをチェックしてきましたが、リッケンバッカーのものが一番しっくりきました。

まずストラップで抱えた際のバランスの良さが素晴らしいです。ヘッドストックにスロットを設けて、主弦と複弦の糸巻きを互い違いに取りつけることで、ヘッドストックのサイズを6弦ギター並みとしたことが功を奏したのでしょう。他社のギターには、ペグを12個並べるためヘッドストックを長くしてしまったことから、ネック側が重たいものが見うけられます。もちろん音色も魅力的です。ブリッジやテールピースの構造の影響もあるのでしょうが、立ち上がりが良い割にトゲトゲしくならず、気持ち良い倍音を生んでくれるようです。他社のソリッド・タイプ12弦ギターにはジャリジャリとした音があったり、またセミアコ・タイプ12弦ギターには高域が気持ち良く伸びてくれないものがあったりと、なかなかこれっていうものが見つけづらいものがありました。

リッケンバッカーは660/12のようなソリッド・タイプも、360/12、330/12のようなセミ・ホロー・タイプも、適度にきらびやかな心地よいサウンドを約束してくれるので、個人的には大のお気に入りです。多分、リッケンバッカー12弦ギター・オーナーは、多かれ少なかれ僕のように感じているのではないでしょうか。

トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズにおいては、必ずしも全ての楽曲にエレクトリック12弦ギターがフィーチャーされているわけではないですが、それでも12弦サウンドは彼らのサウンドのイメージの一端を担っていると言えるのではないでしょうか。彼らの楽曲の中に見られるシンプルなフォーク・ロック・サウンドのテイストは、バーズ以来伝統のリッケンバッカー12弦ギターによって醸し出されているものだと思います。

< Eiichiro Shirai >
白井さんの本業はサラリーマンですが、ライター活動のほか、CRAZY EYES というカントリー・ロック・バンド、噂の東京ボブ・ディランのバックアップ・バンドなどで演奏活動をされています。

【Depot Street: vol. 44~45】 (2002年8~9月)掲載