text by TOSHI / 訪問日:2024年10月3日
ロサンゼルスで活躍している日本人ギター制作者の入戸野徹さん。
初めて同氏の工房を訪れたのは2001年。TP&HB 来日要請の署名を関係先に届けた後に、急遽お邪魔させていただきました。その時の様子は当サイトに掲載してありますので、是非お読みください。
これ以降、長年にわたって交流を続けさせていただいてきましたが、今回23年ぶりに再訪することができました。
23年ぶりの訪問
(以下、青文字が入戸野さんの発言です。)
ご無沙汰しています。再訪するまで23年以上もかかってしまいました。長かったです(苦笑)。これまでもロサンゼルスには何回か来ているんですが、TP&HB のライヴ優先だったため、こちらまでお伺いする余裕がなかったもので。それにしても、ずいぶん工房の雰囲気が変わりましたね。
以前にお越しの際は工房を立ち上げて間もなくでガラガラだったので、あまりの物の増え方に驚かれたんじゃないでしょうか。良い材料を見つけると充分在庫しているのにも関わらず、他人に取られるのが嫌で買ってしまう、を繰り返した結果がこの有様です… 歳も歳なので断捨離を!とは思っているものの貧乏性が先に立ち、一向に物が減りません(苦笑)。まあ月日の経った姿を見て頂ければと思っています。
ギターに関するモノだけでなく、怪獣のソフビ、招き猫などの開運グッズ、入戸野さんが大好きな Jeff Beck のポスターなどが所狭しと並べられていました。
仲間や他のメンバーを紹介したいので、別の部屋に行きましょう!
建物内部の見学ツアー開始。まず、ここのボスである Pat Wilkins 氏にご挨拶をさせていただきました。”ボス”というのは、工房がある建物は1984年に Pat 氏が<Wilkins Guitar Finishes>を開業した場所で、その中の一角を<Toru Nittono Guitars>として使わせてもらっているからです。彼と入戸野さんは大家と店子というよりは共同経営者といった関係の2人です。Pat Wilkins 氏の経歴はご本人のサイトに詳しく載っています。上記以外にも Zakk Wylde、Eddie Van Halen、Phil Chen などが彼の手掛けた楽器を愛用していました。
スタッフは、まだランチから戻ってきていないんだけれど、こっちが研磨、その向こうが塗装のスペースで、常時3~4人が働いているかな。
塗装は入戸野さんがやられているんですか?
基本的にはスタッフに任せているんだけれど、工房があるこの一帯は法律で<ラッカー塗装>が禁止されているので<ポリウレタン塗装>しかできないんだよね。ボクは厚めの塗装が好きじゃないんで、スタッフにも「できる限り薄く、薄く塗ってくれ」って頼んでいるんだ。
ラッカー塗装とポリウレタン塗装は使っている塗料や塗装の工程が異なりますが、簡単に言うとラッカーの方は塗って出来上がる塗装の膜(塗膜)が薄くでき、ギター本来の持つ鳴りをあまり損なうことがありません。一方、ポリウレタン塗装は塗膜が厚くなって、鳴りを若干阻害してしまうという面がありますが、塗膜が厚い分、耐久性が高くラッカーよりコストが低くてすむという利点があります。
自分のギターの塗装が気になるあまり、スタッフが帰ったあとに、こっそり点検して、厚い部分は密かに削ったりしちゃうんだよね(笑)。
こだわりますねー(笑)。
でも、モノづくりって、そういう部分が絶対に必要でしょ。まわりには煙たがられるけど、こればっかりは直らないよ。
ここ(廊下)にスゴイものありますね!!
あ、コレは見つけた途端に買ってしまった木材です。驚くような金額だったんだけれど、後先考えずに手に入れちゃったんだよね(苦笑)。
目の前にあったのは長さ2メートル以上もある黒い板。ギターの材料として最高級品の<ブラジリアンローズウッド>が2本も無造作に立てかけられていました。
1926年に材木商が入手したっていう伝票が付いていたんだ!
約1世紀前のモノ!すごすぎます。無造作に置いてありますけれど、温度・湿度管理はどうなっているんですか?
日本だと湿度の問題で管理は難しいんだけれど、ロサンゼルスの気候だと、このままの状態で全然問題ないんだよ。
一体いくらくらいするんだろう… などとセコイことを考えながら、内部ツアーを終え、工房内に戻ってきました。
ここからは Tom Petty and the Heartbreakers の話題を
最近、TP&HB のギターの修理は手掛けられました?
以前ほど多くは無いけれど、今でもたまに持ち込まれるね。この前も Bugs から「Toru、大変なことになっちゃってるギターがあるんだけれど直して」っていう電話があって。こっちとしては、できれば大変なことになる前に持ってきて欲しいんだけどね(苦笑)。
Alan ‘Bugs’ Weidel 氏は Tom Petty のギターの面倒を長年見てきた人物。スタッフというより、TP の最も親密な友人の一人。
Gretsch のプラスチック部分が劣化して溶けちゃったんで新しく作り直して欲しいとのことだったんだけれど、とにかく持ってきてもらったら、もうボロボロで… でも「Toru ならなんとかできる」って思われてるらしく、ボクに預ければ安心という雰囲気があってさ。もう、本当に困っちゃうよね(苦笑)。
以前お話を伺った時にも同じようなことを話されてましたね(笑)。
困ったときのボク頼み、みたいな感じになってるんだよね。とても有難いんだけれど、たまには楽したいよね。
とても信頼されているんですね!
Tom は優しくて良い人で、とても大好きなんだけれど、ギターへのこだわりが強くて、なかなかしんどいことが多かったんだ。特に彼は弦を変えるのを極端に嫌がってね。張ってある時間が長ければ長いほど良い、という変な考えを持っていてさ。Bugs もその辺りは嘆いていて、Tom に内緒で弦を変えるとすごく怒りだすんだって。「せっかくの<MOJO>が消えちゃう」って言って、機嫌を直すに一苦労らしい。
これも Bugs から聞いたんだけれど、初めて<Saturday Night Live>に出演するときも、長い時間張っていたので弦の状態があまりにも良くなかったから、怒られても良いやと思って、本番前に勝手に変えちゃったんだって。
よくクビになりませんでしたね(大笑)。
おかげで音は良くなったって Bugs は言っていたけれどね。
ファンにはわからない苦労がまだまだありそうですね。
もっとこだわりが強いのが Mike で。大のお気に入りだった Broadcaster のネックは絶対に磨かせなかったからね。あんなに汚れているからスタッフが拭こうとしたら、こっちも「せっかくの<MOJO>が消えちゃう」っていって怒ったらしい。2人とも同じこと言ってるし(笑)。どんだけ仲が良いのか。
だから、ボクのところに Broadcaster が調整のために送られてくるときも手袋着用で作業です。<MOJO>を消しちゃって Mike のご機嫌を損ねないようにしないといけないし、第一とても汚いからね(笑)。
入戸野さんが我々に雑誌をプレゼントしてくれました。TP が表紙を飾った Rolling Stone 誌特別号。それを眺めながら会話は続きました。
この表紙のギター恰好良いよね。
Gibson Firebird-III ですよね、本当に似合ってますよね。
“III”ってところがまた良いんだよね。Firebirdってギターをわかっているというか、センスが良いよね。
1976年製の<建国記念モデル>っていうとこにもこだわりを感じますよね。
(以下、オタクな会話が5~6分続きました)
他のミュージシャンの話題も
そういえば、Del Shannon も Firebird 使ってましたね。ぼく Del Shannon も大好きなんです。
あ、Del のギターの面倒見ていた時期もあるよ!
(青天の霹靂)あ、え?
Epiphone Coronet のメンテナンスはズ~ッとやってました、ハイ。
*『Rock On!』のジャケットで抱えているのが Epiphone Coronet。Del は同じタイプのギターを色違いで少なくとも3本は所有していました。
どこで知り合ったんですか?
LA Guitar Works と Norman’s Rare Guitars がお隣さんだった頃に、Norman のお客さんとして Del が出入りしていて。それで顔見知りになって「Toru、オレのギターの面倒も見て」って頼まれたのがキッカケかな。
どんな人でした?
とにかく陽気で、本当に恰好良いひと。面白い話があって、ある日ギターのメンテを急ぎで頼まれたことがあってね。スケジュールをやり繰りして、なんとか仕上げたんだ。できあがったギターをもって事務所を訪ねて渡すと大変気に入ってくれてね。
「Toru、ありがとう」って言って、大きな右手をバットスイングのように振り回して固く握手してくれたんだ。その前に財布から紙幣を抜いて、小さくたたんで掌に忍ばせていたのを見逃さなかった。握手の後に、ボクの手の中にドル紙幣が残された。その恰好の良さを想像してみてよ。
あ~、本当のロックンローラーだなと感激したんだけれど、金額を確認したら5ドルだった。修理費は20ドル以上したんだけれど(笑)。あまりのスマートな振る舞いに、こっちは、まあいいかってなったよ。けっして値切る気があったわけではなく、たまたまそうなっちゃってというのがわかったからね。でも、損した(大笑)。
そのときの入戸野さんの顔を想像しただけで笑いが止まりません。
それとね、もう一つ。これも LA Guitar Works にいたころ、2軒となりにスタンプショップがあって、そこの店主が「Toru、この切手を見てくれないか。たぶん日本のものだと思うんだけど」と言って切手シートを持ってきたんだ。ボクが見るのと同時に、その場にいた Del がのぞき込むや否や「Yokoだ!」って叫びだしたんだよ。「オレは彼女と共演したことがあるからわかるけど、Yoko Minamino だ!」って。
もう、みんなビックリしちゃって(笑)。たしかに南野陽子さんの切手だった。でも、なんで Del は知っていたんだろう。確かめればよかったけど、その時はとにかく驚いちゃって、それどころじゃなかったんだよね。
*Del は1985年と87年に来日しテレビ出演していますが南野陽子との共演は確認できませんでした。「もしかして雑誌?」と思い、そちらも検索しましたが何もヒットしませんでした。当該の切手は南米のグレナダが88年に発行したものに違いないと思います。
ちょっと思考がついていけません(驚)
この話題はレアだけれど、とにかくあのレベルの人は周りを愉快にしてくれるよね、明るいし。Tom もそうだけれど、人気者、それも超がつくレベルになった人は丁寧だし、偉ぶるところが全くないから、こちらも自然に付き合えるんだ。
有名人といえば、以前 Carole King の身長が高くなかったという話を聞かせていただきましたが。
彼女も LA Guitar Works 時代にお客さんとして来てもらっていたんだけれど、あの店にはガラスのショーケースがあったんだ。普通の高さのものだったんだけれど、彼女はそこに腕を届かせるのがやっとで、いつも顔だけ覗かせている感じだったよ。
*Carole King の身長を調べたところ公称5フィート2インチ(約157.5 cm)でしたが、おそらく155cmくらいなんだと思います。
ステージでは堂々としているから、小さい感じはしませんでした。意外です。
滞米生活について
アメリカに来られたのは80年代初頭でしたよね?
1981年。日本で勤めていた会社と業務提携をしていた LA Guitar Works に誘われてロサンゼルスに来たのが最初。3か月間はホームステイをして、そのあとに家を借りて、以来40年以上暮らしてます。
この間には色々なことがあって。ギターの修理だけじゃなく、当時のボスが商売の間口を広げては畳むという人で、その尻拭いをさせられてね。80年代半ばに Hollywood で支店を始めたときも責任者にされて。あの頃は治安が悪くて、イカれた連中が通りをウロウロしていたり、泥棒を捕まえたら自分の店のガードマンだったり(苦笑)。
80年代のロザンゼルスといえば華やかなイメージでしたけれど。
そういう面もあったけれど、コワい部分もいっぱいあったね。そうこうしているうち、ボスが「ボリュームノブを専門にするから、Toru、一緒に売り出そう」って言いだして。
ボリュームノブって、ギターのパーツのですか?
そう。40歳過ぎて、新しくノブを売るのか… と思ったらイヤになって。直ぐに「辞めます」って言いました。何の迷いもなく即断で。いや、本当にまったく迷わなかったです(笑)。それから色々あって今に至るというわけです。
*ギターのボリュームノブは今も「Q-Parts」というブランド名で発売されています。
LA Guitar Works を辞めた時は自分のギターブランドを持とうと?
まだ、迷ってましたね。Torucaster は入戸野徹が作ったと多くの方が認めてくれましたが、本人的には疑問が残ってました。あれは用意されたパーツがあって、それを自分なりに一から組み直して、まともに弾ける状態にしただけと常に思ってたから。
ギター制作はパーツの組み上げだけでなく、それ以前の部材の選定から加工、さらに組み上げてからの塗装までを自分の手でやるものです。なので、本当に自分の名前を付けてギターを世の中に出したいとは思っていましたが、フレット打ちや塗装など、まだまだ自信の無い部分も多かったので、はたしてやっていけるのだろうかと。
でもあらためて考えると、長年ギターに携わってきたお陰で、すぐには気づかなかったんだけれど、本当に多くの作業工程を経験してきていました。ギター修理者としてだけでなく、ギター制作者としてのスキルが日々の作業を通じて磨かれてきていたんだと思います。
今までの全てが結実したと。
それで、とにかく1本作ってみようと。そうやって完成したものが、まあまあの仕上がりだったので、少し自信になり、こうして20年以上に亘って自身の名を冠したギターを作り上げてこられています。親しいミュージシャン、同業者、私のギターを使ってくれる方、周りの様々な思いに助けられて今日まできました。残された時間はけっして多くないですけれど、今までと変わらずに丁寧にギターを作っていきたいと思っています。
長い時間お邪魔させていただき、ありがとうございました。
またすぐに遊びにきてくださいね。
ありがとうございました
あっという間の2時間でした。
Tom たちと Bugs を始めとする周りのスタッフは本当に家族のような繋がりで。その中に、外部の人間でしかないボクのような存在も含めてくれて、大切な存在として接してくれ続けてきました。その穏やかな雰囲気が好きで、40年以上も彼らと一緒に過ごしてきましたし、それはこれからも変わらないと思います。
そう語ってくれた入戸野さん。確かな技術はもちろん、氏の持つ人間的な魅力があればこそ、半世紀近くに亘って良好な関係が築けてきたのだと、今回お会いして改めてそう思いました。これからも、元気でギターに携わっていってください。応援しています!