Toru Nittono Guitars Report (2001)

みなさんは<Toru Nittono>という人をご存知でしょうか?
TP や Mike の信頼厚いギターメーカーなのですが、その名前からも日本人では??という期待がありました。今回、是非ともその方にお会いして話を聞いてみたいと、Nittono 氏のいるらしい L.A. Guitar Works を訪ねました。すると既に店は閉店になっていたのですが、近くにある Norman’s Rare Guitars に立ち寄って Nittono 情報を尋ねてみると、新しい連絡先を教えてくれました。早速、連絡を取ったところ、やはりその方は日本人でした。そして、突然の訪問を快く歓迎してくれるとのことで、ヴァンナイスにある<Toru Nittono Guitars>にお邪魔させて頂くこととなりました。

原稿は 2001年2月に公開した際の内容に 若干加筆修正していますが、概ね当時のままです。時間の経過による事実関係の変化ついては何卒ご容赦ください。

Toru Nittono Guitars Report

text by  TOSHI / 訪問日:2001年 2月 1日

午前中に訪れた Sound City Studios からさほど遠くない所に、<Toru Nittono>さんのオフィスはありました。看板代わりに英語のビジネスカードが貼られている入り口の前に立った時には、ロサンゼルスの太陽は傾きかけていました。

呼び鈴を鳴らしましたが、反応はありませんでした。様々な「もしかして」が心の中を駆け巡っていきました。「急用で出かけたのかも」「面倒になって会いたくなくなったのかも」など、正直不安でいっぱいでした。すると中から鍵を開ける音が聞こえ、ドアの向こうには東洋系の男性が立っているのが見えました。最初のあいさつは、ごく自然に「こんにちは、突然お邪魔して申し訳ありません」でした。

招かれるままに、作業スペースを通り抜け奥の部屋に通されました。扉の脇に「入戸野」と漢字で書かれた表札が掛けられているのをしっかりと確認しました。しばらく後には、<Toru>の方も分かりました。私の問いかけに「星一徹のテツです」と答えて下さったのです。長年の疑問が氷解しました。Toru Nittono は「入戸野 徹」だったのです。

部屋に入ると奥から、しげやん、ジローさん、Mayu さん、TOSHI の順に並んだのですが、その姿をたとえるなら「借りてきたネコ」という表現がぴったりだったでしょう。きょろきょろと辺りを見回し、落ち着きのない素振りは目一杯怪しい集団でした。それでも初対面の挨拶を済ませ、来訪の目的を告げる我々にねぎらいの言葉を掛けて下さった入戸野さんの笑顔にホッとする一同でした。

(以下、「 」内は入戸野さんの発言です。)

入戸野さんとの話は、我々のキャンペーンのリーフレットを見ながら始まりました。

「Tom たちは、そんなに長いこと日本に行ってないんだ。ツアーはいつもやっているんだけどね。そうか、日本までは行っていないんだ。飛行機嫌い?そんなことは無いはずだよ。でも何で日本に行かないんだろうね。」

日本が嫌いなんですかね? そもそもTPは、どんな感じの人なんですか?

「いつも “ふにゃ”っていうか、”ぽわぁ~ん”としているね。」

いきなりの答えに一同大爆笑でした。いつの間にか緊張していたことも忘れ、色々なことを聞きたいモードに突入していました。


やはり最初はこの質問から始めました。
入戸野さんはどうやって TP と知り合ったんでしょうか。また、彼が使っているアノ Telecaster タイプのギターの誕生にはどれ位関わったんでしょうか。

「ああ、あれは別名 Torucaster っていうらしい(笑)。いつのまにかそんな風に呼ばれるようになったみたいだけど。もともとTom に手渡される予定だったあのギターを調整したのが始まりだったんだ。もっとも、その頃、Tom Petty って知らなかったんで<その人だれ???>って感じだったけどね(笑)。」

入戸野さんの名前の「徹(Toru)」が、その由来らしいですが、それからも分かる通りに、彼と彼の作り出したギターは TP たちにとても愛されているようです。

ファンにとってはTPと知り合えるなんて夢みたいな話ですけど、入戸野さんはその頃ロサンゼルスに来たばかりだったので、『Damn The Torpedoes』を発表して人気上昇中の TP&HB の事は知らなかったらしいです。知らなかった事がかえって幸いしたかどうか、とにかくそれから現在までにわたる交流が始まったわけです。最初からビッグ・ネームと仕事をする機会に恵まれたというのは、運だけではなく当然実力も伴っていたからだとは思いますが。

「あのギターは、ネック、ボディだけでなくピックアップや細かいパーツも 50年代の Telecaster をモデルにして作られたものなんです。ボクが見た時には、既にギターはできあがっていたんだけど、割と”アラ”が目立ったんですよ。アメリカ人って大雑把なところがあるじゃないですか。で、ギターを見ているうちに、もう少しいじればさらに良くなるな~と思って、パーツを全部バラして一から組み直したんですよ。まあまあ思い通りに仕上がったかな。」

このギターの完成度の高さをいたく気に入ったTPは、以来、入戸野さんに自分のギターを任せるようになりました。そんな彼のことですから、我々の知らない TP の別の顔も知っているはずです。

「Tom たちとは、もう20年近く付き合っていることになるかな。そんなに長く続いているのは、やっぱり人柄が良いからですね。あのレベルの人たちは、人間的にも優れていてイヤなところが無いんですよ。でも Tom は頑固な面があるから、そういう点では難しい時もあります。Torucaster のスペア用ギターを作ってあげたことがあるんだけど、あのギターに思い入れが強いもんだから、Tom は<これじゃなきゃダメ>って感じで…. 結局それはステージでオープンチューニングを使う曲用のスペアになってるみたいだね。」

TP たちが好人物だという話が聞けて、ファンとしては嬉しい限りですが、やはり頑固なんですね。スペアのギターの話も、いかにも TP らしいですが、オープンチューニングを使う曲といえばおそらく”You Wreck Me”の事でしょう。最近あの曲を演奏する時は、ローズネックの Telecaster にカポタストを付けて使ってますが……

「あの Telecaster は二人の娘さんからのプレゼントらしいよね。」

さすがに色々なことを知ってらっしゃる入戸野さんでした。


<Torucaster>
現在のTPのメインギターともいえるこのギターは「Toru Telecaster」または「Torucaster」と呼ばれています。81年に Norman’s Rare Guitars の Norman Hariss 氏から TP に手渡されたそうです。90年代に入ってからは常に TP と共にあり、ライヴやレコーディングで彼の頼もしい味方になっています。


TPのギターと言えば、Alan “Bugs” Weidel の名前を忘れることができません。彼は長年にわたって TP&HB のギターや器材の管理を任されている人物です。

「Tom のギターの管理は Alan が一切やってるんだよ。それ専門の会社を作ってね。以前はココのすぐ側、ウ~ン、歩いて5分程のところにあったんで、修理の終わったギターを抱えて、のんびり歩いて届けに行ったりしたよ。いい散歩がわりにもなるし。今は引っ越してしまったんだけど、それでもココから車で10分位の場所にあるんで近いよね。」

会社?ギターを管理するのは確かにたいへんなことですが、そのために会社を作ってしまうなんて、いかにも大陸的な発想じゃありませんか。それにしても、近所であれば見学に行ったのに… 残念でした。

「Alan といえば、面白い話があってね。」

ここでさらに TP のギターに関する秘話が語られました。

「Tom の Martin を修理したんだけど…」

「それって、これのことですよね」と言って持参した『Wildflowers』のジャケットを取り出して中の写真を見せました。

「そう、このD-41のブリッジを取り替えたたんだけど、ボクは修理をする時に修理前の状態を紙に書き留めて、サウンドホールの中に入れておくようにしてるんだよ。それでね、この前、Tom の Martin が来た時にケースから出したら、ギターの中からカサカサという音が聞こえてきたんで、手を入れてみたら、前に修理した時に出し忘れていたメモが出てきたんだよ。大雑把というか、何にも気にしてないんだよね、きっと。」

もう、大笑いの一同でした。”カサカサ”いうギターを弾いていたのは世界でも TP だけでしょう。あんな神経質そうな顔して、やっぱり大陸的な人なんですね。

「でも Alan が、「Toru、そのメモは取って置いた方がいいよ。それがなくなったせいで、Tom に”音が悪くなった”って言われるかもしれないからな」って言って笑ってたね。まあ、ここに取ってあるけど。」

TP なら言いかねないかもしれませんね(笑)。それにしても、こんなメモ用紙を入れたままなんて、入戸野さんもなんというか…(以下自粛)。とにかく、好みの音が出なくて、TP がまた壁を殴ったりしない様に祈りたいと思います(祈)。

Alan とのエピソードが続きました。

「簡単なリペアは Alan のところのスタッフで対応してるんだけど、複雑な修理になるとボクのところに持ち込まれてくるね。最近も、Mike がギターを壊してしまって、大慌てでボクの所に運んできたんだ。」

えっ、Mike のギター…. と絶句している我々の目の前に現われたのは、Gibson のアコースティック・ギター L-4。

「彼は結構ギターの扱いが荒いんだよね。ネックとボディのジョイント部分にヒビが入ってるでしょ。どうやら落としたらしいんだけど。「なんとかなるか?」って言われたんだけど、とりあえず確かめてみないと分からないよって言って預かったんだけどね。まあ、この位だったら、そんなに難しくないからいいけど。Mike の場合は色々な所を壊して、その度に困って持ってくるんだよ。割ったり折ったりして。」

Mike の持っているのと同じギターじゃなくて、Mike のギター! もう、これ以降は入戸野さんの話そっちのけで実際に触らせてもらったり(軽く弾いたりも)、記念撮影をしたりで、すっかりミーハーになってしまいました。

ところで、意外に乱暴者だということが判明した永遠のギター・キッズ Mike が大切にしているギターは何なのでしょう。どんなギターが好きなのかな?

「ウ~ン、そうだな…. Gibson の Gold Top の Les Paul を一番大事にしてるんじゃないかな。色々なギターを持っているけど、アレを一番大切にしてるみたいだよ。このアコースティックも珍しいギターだけど、とにかくあのヒトは<キワモノ好き>だから。」

<キワモノ好き>という言葉になぜか納得してしまいました。なんとなく、そんな雰囲気ですからね。

TP&Mike といえば、Rickenbacker を忘れるわけにはいきませんが、2人からRickenbacker を修理に預けられた事はあるんでしょうか?

「Mike が 360-12 の Fire-glo を持ってきたことはあるね。でも今はアレ、結構ヒドイ状態になっているんだ。ネックの部分が浮いてきてしまって、そのまんまだと剥がれてしまうかもしれない位に悪いので、また手を入れないといけないんだ。Tom がジャケットで持ってる Ricken は持ってきたことはないな~。あの2人は色々な Ricken を持っているよね。好きなんだと思う。」

入戸野さんのところに持ち込まれないのは、「元気」な証拠なんでしょうか。最近は出番が少ない Rickenbacker ですが、また活躍して欲しいですね。


Shigeyan と入戸野さん(右)

入戸野さんに色々な話を聞かせていただきましたが、ここで簡単なご紹介を。
195○年横浜生まれ(TPよりは若いそうです)。日本の楽器メーカーに勤務。そこでギターに関する様々な技術を磨いた後、1981年に知人に請われてL.A.へ。 L.A. Guitar Works で20年近く働き、2000年6月に独立。現在はパートナーの Pat Wilkins 氏のオフィス兼作業場の一角で、リペアとオリジナル・ギターの制作に携わっていらっしゃいます。

「英語なんか全くできないし、こっちのことは何も知らなかったんだ。でも、こっちでやってみたいという気持ちが強かったんで不安はなかったよね。今考えると恐ろしいけど(笑)。でも、こっちの水があったというのか、すごく暮らしていて快適だったんで、20年近くも住んでいられるんだと思う。なにせ、最初の5~6年は一度も日本に帰らなかったくらいだから。続けられた理由ですか?数は少ないけど、同じ日本人でギターの制作に携わっている友人の存在が大きいと思うな。それに色々な人と出会えることができたこともあるね。」

日本に居る頃はどんな音楽を聞いてたんですか? こういう仕事を選ぶくらいですから、音楽は大好きだったと思うんですが。

「ボクらの若い頃は、やっぱりBeatles から始まって British Hard Rock の時代だからね。子供の頃は The Ventures の Mel Taylor が好きで、スティックを買ってきて、椅子やらなにやら、とにかくそこらじゅうを叩きまくってた思い出があるね。Mel Taylor といえば、L.A. Guitar Works のすぐ後ろに住んでいたので、裏口からヒョイとやってきて、楽器の話をする仲になって「ヨッ、Toru」なんて声を掛けてくれるようになって…. 単純に嬉しかったなあ。その話を親にしたら、仕事の内容は全然理解してないけど、「とにかくよかったな」って喜んでくれたんですよ。」

ロサンゼルスならではの逸話ですね。これ以外に何か思い出に残るミュージシャンとの出会いはなかったのか聞いてみました。

「一番嬉しかったのは Carole King にギターの修理を頼まれた事かな。彼女ね、意外と小柄なんですよ。それには驚いたな。ジャケットなんかの写真から、もっと大きな女性だと思っていたから、初めてお会いした時には「エッ、こんこんなに小さいの」って。」

Carole King といえば50年代~60年代にかけて Gerry Goffin とのコンビで、とてつもない数の名曲・ヒット曲を生み出し、71年には、あの不朽の名盤『Tapestry』を作り出したアメリカ屈指のソングライターです。そんな彼女の背の高さなんかを意識した事は今までありませんでしたが、「アメリカ人としては小さい」という事なのでしょうか。

「アナタよりも小さかったね。」

と指摘されたアナタとは紅一点の Mayu さん… 日本女性としても小柄な彼女よりも… 本当ですか??? Mayu さんより little、 mini、そ、そんな…。

「ボクもビックリしたよ。でもイメージしていた通りの暖かい女性だったね。日本から持ってきていたレコードの中に、ボロボロになるまで聞き込んだアルバム『Tapestry』があったんだ。それを彼女に見せたら、「こんなになるまで聞いてくれてありがとう。とても嬉しいわ」って言って、ボクが何も言わないのに、ジャケットにサインしてくれたんだ。いや~、もう感激したね。あれが一番思い出に残ってるな。こういう仕事をしているからこそ、そういう人たちと知り合えたのかもしれないけど、でも自分の道を進んできたからこそ “縁”ができたのかなと思いますね。」

作り出すギターだけではなく、ご本人がとても魅力にあふれた入戸野さんの話は、とても暖かく深みがありました。


かなりの数のギターを所有している TP と Mike ですが、彼等はいったいどこで手にいれているんでしょうか。やはり Norman’s Rare Guitars みたいな専門の店で買う事が多いんですか?

「Norman の所もそうだけど、ツアー先で珍しいモノを見つけてきたり、Tom  たちが好きそうな古いギターをファンがプレゼントとして送ってきたりすることもあるしね。中には自分で作ったギターを送ってくる人もいるね。とにかくギターが好きな二人だから、喜んで貰っているみたいだよ。」

大好きなミュージシャンにギターをプレゼントするという話は聞いたことがありますが、自作のギターをプレゼントするファンがいるのは、いかにも TP& Mike という印象を受けました。でも、一体どんなギターが届くんでしょうか。

「そのまま使えるのが少なくて(笑)。Mike なんかは”キワモノ好き”だから、そういうのをもらうとすごく喜んじゃうんだけど、持ってこられた方としては、手直しをしなくちゃいけないんで、面倒なんだよね。「Toru いいだろう」 って、こっちはちっとも良くないんだよ、大変だし。喜んでるのは Mike だけ(笑)。」

やっぱり Mike は変わり者なんですね。ところで、彼は入戸野さんの所によくあらわれるんでしょうか。

「L.A. Guitar Works は Mike の家に近かったので、いつもフラッと現われてギターの話をして帰っていったりしたけどね。ここに引っ越してきてからも遊びにきたことがあるよ。Tom は、まだなんだけど。そういえば Tom から預かっているギターもあるよ。これなんだけど。」

と言って見せてくれたのは、Fender Jazz Bass。これもファンからのプレゼントとの事。

「これは、状態も良いし、そんなに手間はかからないね。」

しかし、そんなに喜んでもらえるなら、我々も何かプレゼントしてみようかな。

「頼むからボクの手を煩わせないでね(笑)。」

(笑) 気をつけるようにします。

TPたちと20年近く付き合っている入戸野さんが忙しくなるのは、彼らのツアーが始まる前の時期だそうです。持っていく器材のチェック、なかでもメインとなるギターを最高の状態にするのは最重要課題となるので、本当に高いレベルの要求がつきつけられるんだそうです。考えただけでも大変な仕事ですね。

「大体、ツアーが始まる3か月前位に話があって、それからギターを見にいくんだ。ザ~ッと目を通して、調整が必要なモノを選んで作業に入るんだけど、中にはツアー先から戻ってくるギターもあるんだよね。それを直して、次の公演先に送らなけりゃならないのは、結構シンドイね。作業している時、ラジオからツアーの告知が流れてきて「**日に公演がある」なんて言っているのを聞くと、こっちは「分かってるよ。それに間に合わすためにやってんだよ」って言いたくなっちゃう時もあるよね。だからツアーの多い初夏から夏は嫌いな時期だな(笑)。」

でも、それだけ信頼されてるという事なんですよね。そんな苦労をして調整したギターたちが活躍する様子を見には行くことはないのかなと思いましたが….

「L.A.でやるライヴに招待されるんだけど、とてもこっちはゆっくりと楽しめないんだ。「音が出なかったらどうしよう」とか「弦が切れないで欲しい」とか考えちゃって、純粋に音を楽しめないよね。」

やはり、我々の想像以上に神経を使う過酷な仕事だなと、入戸野さんの話を聞いて、あらためて思いました。ところで、今は依頼が来てたりしませんか? (期待大の質問)

「残念だけど、まだ無いね。」

ハア~、やっぱり….

気が付くと2時間近くもお邪魔していた我々。ご迷惑だったでしょうに、そんな素振りを全く見せずに、とっておきのネタを提供し続けて下さった入戸野さん。最後にオフィスと、それに付随する作業場やパートナーの Wilkins 氏の部屋を見せていただきました。ギターに詳しいメンバーは細かい質問をしながら、初めて見る物ばかりのメンバーは興味深げに見学をさせていただきました。

最後にちょっと。入戸野さんは、これからはどんな風にギターに携わっていくんですか?

「オリジナルのギター、それもアコースティック・ギターを作りたいな。それは、昔から考えていたことなので、そのために必要な材料なんかも少しずつ買いためておいたからね。いまは色々と試している時期なんだけど、いつかは自分の納得のいくギターを作り出したいと思っている。」

そう語る入戸野さんの瞳は、嬉しそうに輝いていました。本当にギターが好きな人なんだな。こういう瞳を持っているからこそ、同じ”匂い”を感じ、同じ”感動”を分かち合えると思って、TP  や Mike たちはここにやってくるんでしょうね。


出口まで見送ってくださっただけでなく、車が見えなくなるまで笑顔で手を振ってくださった入戸野さん。気が付くと辺りを包んでいるのは月の光でした。ここまできて本当によかった。ここにきたからこそ、こんなにも大切な出会いができた。一同の胸にはそれぞれに去来するものがありました。

車でしばらく走ると、先程までの事が夢だったかのような、そんな気がしてきました。一人だったら、おそらくそんな感覚に流されてしまっていたかもしれません。でも、ここには仲間がいました。ここまで一緒にやってきた仲間が。そう思うと心の中の不安が薄らいでいくのが分かりました。夢じゃないんだ。

優しい輝きをみせてくれている月が、我々を、そしてこのキャンペーンに携わったみんなを優しく見守ってくれているなと感じたのは、得難い経験をしたばかりで、少々感傷的になりすぎた私の錯覚だったかもしれませんが。

TP&HB への思いをそれぞれの胸に深く刻み、我々の旅の2日目は静かに終わりました。